牛たん屋で働いていた店員が

gyu_054仕事をクビになって半月。なんとかなるさと自分を勇気づけながら、連日職安に出向いていた。しかし、職安で目にする求職中であろうライバルたちは、みなやたら賢しげにみえ、来ているスーツさえ、自分は負けている気分になってしまう。ついに今日はそのまま職安に行くことはなく、場外馬券売り場にきてしまった。学生時代に何度か、先輩や友人と来たことがあるが、もう十何年ぶりだろうか。もちろん競馬の知識は全くなく、そもそも競馬をしたかったわけではない。なんとなく、身を置く場所が欲しかっただけだ。

ベンチに腰掛け、行き交う人を見ている。サラリーマン風の人やいかにもといった風貌の輩。意外にも、OL風の女性や、普通の主婦なのか、女性の姿も多かった。仲間同士で話している人たちもいて、何の気なしに聞いていると、様々な人間模様が感じられた。

ベンチのすぐ横に、無料情報誌のラックがあるのに気がついた。1つ手に取ってみると、牛たん屋で働いていた店員が万馬券を当てて人生が変わった話などが書かれていた。牛たんか…しばらく食べていない。この店員が働いていた牛たん屋はどこにあるのだろう。

仕事を失っただけでこんなに気弱になるなんて、自分でも思いもしなかった。職安の空気より馬券場の雰囲気が落ち着くなんて、かなり落ちている。いかん、いかん。負のスパイラルに陥るところだった。謹慎中だったそのまんま東に師匠のビートたけしが言った言葉。夜明け前が一番暗い。自分も今がその時だ。そこのラックからこのフリーペーパーを手にしたのは偶然じゃない。神の啓示だ。牛たんでも食べて、気持ちを持ち上げれば運も開けるだろうとの教えだ。そう思い直し、重い腰を上げた。